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戦場のマリオネット

第6章 乙女は騎士の剣を掲げて



「貴女がコスモシザを攻める前の日の夜を、思い出すわ。私、あの朝、起きてたの。眠る貴女を眺めてた」

「そんなことしてたのか……。変な顔してなかった?」

「怖い夢でも見てた?」

「何で」

「何でだと思う?」


 イリナの調子は冗談を言っている時のようで、神妙だ。

 たった一度の夢の内容など思い出せない。

 それより明日がこの土地の分かれ目になるのだという実感が、いよいよ強まる。


「城の軍勢には、ジスラン・オーキッドも加わってくるかも知れない。どうすれば良い?」

「私の両親は、コスモシザのお父様とお母様だけ。リディ様の安全を最優先して。ジスランが彼女や貴女に危害を加えるようなら、躊躇わないで。チェコラスは、私の大切なものの仇」

「…………」


 もし時を戻せたとする。リディのように私も抗えただろうか。やり直せるなら、あの時どうすべきだったかを今より見極められるだろうか。しかし一度過ぎた時は、戻らない。

 イリナが私の腕を取って、カフスボタンを外した。彼女が袖をめくると、すぐ手首の鬱血が覗いた。更に捲り上げていくと、切れ長の目元に煌めく翠の目が、刹那、揺らいだ。唇が触れる。乾燥しがちな、柔らかい、彼女の感触だ。他にはない感触が、無数の傷を啄んでいく。

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