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戦場のマリオネット

第8章 救済を受けた姫君は喉を切り裂く【番外編】


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 幼い頃、ある北欧童話をメイドが読んで聞かせた時、アレットが胸を撫で下ろした。

 海の王女が人間の男に恋をして、声と引き換えに魔女に脚をもらうというあらすじだった。
 王子と結ばれず泡になった人魚姫が、チェコラスの女として生を受けたアレットには、救われたように感じたらしい。読者という世間の期待に晒された末、ヒロインの役目を解放されて、人間の男の庇護を免れて、光の精になれた姫。

 彼女に、アレットはこうも言った。


 …──それか王子を剣で貫いていれば、人魚に戻って自由な海へ帰ることも出来たわね。



 そうした回想に耽るほどゆったり過ごせた休暇の翌日、先の軍事会議に出ていた隊員達を伴って、私はチェコラス中央地に荘厳な眺めを添える公爵の居城に参上した。

 儀礼的な挨拶に続く定期報告、それから例の対コスモシザに関する決定事項を伝えると、現チェコラス公爵は、私達に手放しの期待を示した。
 二十年前、チェコラスはコスモシザの返り討ちで痛手を負った。休戦の盟約で被害は押し止められたというが、今度の強襲に公爵が楽観的なのは、あの敗北も先代に起きたことだからか。

 謁見の間を出ると、メイドの一人が私に声をかけてきた。数知れない使用人達が常に往来している城内で、私が彼女に覚えがあったのは、彼女が、今しがた顔を合わせてきたチェコラス公爵の令閨──…つまりチェコラス夫人の世話係だからだ。同行していた隊員達を先に帰すと、私は夫人の私的な部屋を訪ねていった。



 チェコラス夫人は、彼女なりの世間話で私をもてなそうとした。
 近況を聞きたがった彼女に、私は昨日の休暇の話で応じた。すると夫人というより姫君と称するに相応しいような若く美しい令閨は、細指を口元に当てると声を立てて笑った。

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