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戦場のマリオネット

第8章 救済を受けた姫君は喉を切り裂く【番外編】



「さすがアレット嬢、子供の頃から個性的だったのね。それで、ラシュレはどう返したの?」

「人魚姫の姉達の無責任さに呆れて、ものも言えませんでした」

「えぇ……?!」

「本当に妹を救うつもりがあれば、私なら彼女に剣など握らせませんから。不安要素はこの手で摘みに行きます」


 花柄のカップを傾けて、ダマスクローズとディンブラの香りに目を細めていた夫人の顔色が変わった。……ように見えたのは、気のせいか。

 児童文学一つも子供らしい感性で楽しめなかったアレットの幼少期を傑作だと称えた彼女は、私の話を加えても、姉妹揃って可愛くないと言って笑った。


「ねぇラシュレ、人魚姫のお姉さんが王子を殺さなかったのは、主人公じゃないから……かも知れないわ」

「どういうことです?」

「お姉さんがそこまで献身的な立場になれば、肝心のヒロインが引き立たなくなる。現に貴女がコスモシザを公爵様に捧げたいのは、アレット嬢のためでしょう?」

「それは……」

「良いの」


 否定しかけた私を制して、夫人が私の片手に彼女のそれを重ねた。紅茶の温度を覚えた彼女の手のひらは、湯浴みしてきたばかりのように少し火照っている。


 噎せるように甘い香りが、辺りをたなびいていた。


「あの国が手に入ればアレット嬢は自由になる、事実ですもの。いくらオーキッド家が公爵様に忠誠を誓ってきた家系だからと言って、心まで強制出来ないし、私は貴女のそういうところも気に入っている。ただ、……」


 夫人の指が私のそれの隙間を埋めるや、ティーセットを二組置くのがやっとの丸テーブルに、彼女が身を乗り出した。艷やかな唇の放つ甘い息が、歯の浮くような言葉を連れて、私の耳に吹きかかる。

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