
戦場のマリオネット
第8章 救済を受けた姫君は喉を切り裂く【番外編】
私は夫人の身体を拭って、彼女の身ごしらえを手伝う。オーキッド家の後継者に置かれた私は、花や蝶のような令嬢達のドレスに袖を通すことはなかったが、アレットを着付けるメイド達を伊達に二十年見てこなかった。下着のリボンを結んだり、髪を梳かしたりする間、夫人は人形にでも構う手つきで、手持ち無沙汰に私の頬や指に触れていた。
まるで今まで茶話に興じていただけだと言いたげな佇まいに戻った夫人が、つと、公務に携わる時の顔つきになった。
「オーキッド伯爵が何をお考えか、分かるわ」
「チェコラス夫人──…」
「あの子を我が国の貴族として迎え入れるおつもりでしょう。両国でチェコラスが実権を握れば、容易いこと。それに貴女の功績で、お父様が褒賞を受け取るとすれば。彼はイリナを要求するはず。でもそれは危険だわ。出自がどうあれ、チェコラスから見たあの子の二十年は血塗られている」
「っ、……」
夫人の唇に指を伸ばしたより先に、彼女が私に同じことをした。
彼女の話は、禁忌だ。
イリナ・アイビーが、私の養父ジスラン・オーキッドの実の娘という事実は、国内でも限られた人間だけが知る。しかも私生児などではない。
「貴女の役目は、イリナを屈従させること。体罰に匙加減は不要だわ。捕らわれた兵士がどうなるか、どこの国でもだいたい相場は決まっている」
…──万が一殺してしまっても、私が誰にも貴女を非難させない。
夫人の言葉つきは、私に先日のブリーズを想起させた。
私情を挟んでいられるほど、今のチェコラスは暇ではない。
あの時、ブリーズを窘めたのと同じように、私は夫人に忠言した。どこで誰が聞いているか分からない。私的な場所でも、チェコラスとイリナの関係を口にすべきではないと。
