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戦場のマリオネット

第8章 救済を受けた姫君は喉を切り裂く【番外編】


 窓から見下ろす庭園は、春めいた色彩が散らばっていた。健やかな新緑はみずみずしく、茜色を残したインディゴの空も明るめるほどの生気を醸す。密生した木々の向こうの石造りの離れだけが、馴染まない。この間まで気にも留まらなかったのに、足繁く出入りするようになって、血塗られた断罪の残痕を知ってからというもの、あんなものが視界に入るこの部屋をアレットに与えた両親の軽率さが恨めしい。

 私はアレットの手を取って、指の付け根に唇で触れる。

 夜会に備えて化粧した顔に目が眩む。私は、出かける時間が近いのも失念した振りをして、彼女を寝台へ誘った。


 片手の指をじゃれつかせたまま、豪奢なドレスからむき出た肩を押すと、彼女の身体が蝶の軽さで寝台に落ちた。


「負担になんて思ってないよ。可愛い妹を救えるんだ。彼らみたいに神に飼い慣らされないよう育ててくれた母上達にも、感謝している」

「本当?私、お姉様から見て本当に、可愛い妹?」


 愛を確信した口癖。

 アレットのそれに、私は今日まで何通りもの答えを返した。

 今日は、軽くおとがいを持ち上げての口づけだ。これも彼女がとろけた目を細める回答だ。


「……ん、……」


 とぼけて時間に背いているのは、アレットもだ。

 開いたデコルテを撫でながら、より親密なキスを求める私に、彼女が律儀に首を動かす。化粧を崩さないよう、ドレスを乱さないよう、暗黙で理性だけは片隅に置いたキスでも、彼女と交わすそれは甘い。


 しばらく無言で唇と指だけ触れ合っていると、彼女の目が充血していた。

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