
戦場のマリオネット
第8章 救済を受けた姫君は喉を切り裂く【番外編】
「アレット?」
「あ、その……」
歯切れの悪い彼女のもの言い。
…──イリナを好きにならないわよね?
あの女は私に似ているんでしょう?だからお姉様は、あの女を殺さないんでしょう?
化粧を落とせば、実姉の面影が濃度を増す。自身の素顔を怖れてでもいるのか、彼女は涙を耐えていた。そのいじらしさに、私は騙された振りを通す。
そう、私はアレットの空音に進んで陥穽されている。私の嘘偽りに比べれば、彼女のそれはごく些細だ。
私にはコスモシザの人間の血が流れている。幼少期の記憶のほとんどが抜けた私は、物心ついた時分、血も国籍も異なる家族に出自を聞かされた。
二十年前、チェコラスとコスモシザの交戦が取り返しのつかない規模に激化しなかったのは、人質交換が行われたからだ。チェコラスは軍事の要を担ってきた家系から、コスモシザは神に近いとされてきた王家直属の騎士の家系から、幼い娘が差し出された。両国の盟約に則れば、その事実は聞かされてはいけなかったはずだ。しかし私の両親になったオーキッド夫妻は、コスモシザの血を引く義理の娘に祖国の無情な所業を教えて、神を奪った。
オーキッド家とアイビー家の後継者が入れ替わった事実は、ひと握りの人間だけが知る。チェコラスが優勢になるほど、あの塔からイリナが出される時が近づく。私の生かされる理由が揺らぐ。
