
戦場のマリオネット
第3章 懐柔という支配
迎えが来るまで時間があった。
下町情緒溢れる些かいかがわしい区画に、私はイリナを連れ込んで、恋人達が戯れるための宿に入った。
貞淑な彼女の抗議には、声を上げればそのウィッグと衣装を公衆の前で剥ぎ取る、とだけ返した。彼女はその意味を理解して、それきり黙った。
十二畳ほどある部屋は、特に淫らな要素がなかった。
宮廷風や牢獄風といったコンセプトに基づいた部屋を避けたのもあって、やや装飾が凝ったくらいのここは、屋敷の物置部屋にいるような、素朴な居心地好さがある。
内鍵を閉めて靴をスリッパに履き替えた私は、イリナを引き寄せて、顎をくいと持ち上げた。
「いい加減に……っ」
「こういうことになるの、想定内だっただろ」
薄く開いた唇が何か言いかける前に、私はそれをキスで塞いだ。後ずさりかける彼女の腰を捕まえて、下唇を甘噛みする。
「んっ、ん……」
想像通りの味がした。柔らかなだけでなく、少し乾燥している。それでいて肉体と同じくらいみずみずしいイリナの唇は、アレットより甘さは控えめ。その分、彼女とは別の方角から、喩えようのない感情を私にもたらす。
「あぁっ、は……ぅん、……」
ちゅ、ちゅく…………
唇を離すと、イリナの鋭い目が私を見澄ましていた。
「あんまり歩かせると身体に障ると思って、休むだけの予定だったのに」
「…………」
「お前の物欲しそうな顔。欲求不満だったなら、解消してやるよ」
「ゃっ、……」
腰に回していた手を、彼女の腹へ、鳩尾へと滑らせる。それより低い位置をくるりと撫でると、彼女が僅かに身震いした。
