
仔犬のすてっぷ
第19章 過去との再会
ぽつぽつと語り出した明美さんの話を聞くうちに、僕はあの時を思い出した。
確か、あの時は・・・
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カブトムシはいなかったけど、代わりにそこには悲しそうな気配をかもし出すお姉さんがいた。
「お姉さん、泣いてるの?」
「・・・え?べ、別に泣いてなんて……」
確かにその時は泣いていなかったけど……
僕は、お姉さんから、胸が痛くなるような何かを感じていた。
「胸、痛くない?」
僕は確か、そうやって彼女に質問して……
彼女が驚く顔で僕をみつめてきて……
「ぎゅうぅって、痛いとき、あるよね?
僕も沢山イジメられて…仲良くしたいのに、イジワルされて……悲しいよね?僕も、そうなの」
「…キミ、私の痛いの、解るの?」
不思議そうな顔で僕を見るお姉さんは・・・
今思えば、確かに明美さんだったかもしれない。
「なんとなくだけど。
心が痛む人、泣きたい人、悲しい人は、僕とおんなじだから、分かっちゃうんだぁ」
「・・・そっか…凄いんだね、キミ」
「僕とおんなじお姉さんに、これ、あげる。
だから、元気だしてね」
そう言うと、僕はそのお姉さんに
当時の僕の宝物だったクロスジアゲハの、羽の標本バッヂの片割れを差し出した。
「いいの?コレってキミの宝物でしょ?」
「あげる。クロスジアゲハの羽を持っていると、あの蝶々みたいに嫌な事も忘れて力強く飛べるんだって!偉い先生が言ってたんだ。だから、必要そうなお姉さんに、お裾分け」
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「あの時の羽の片割れ……まだ、持っているわ」
そう言うと、明美さんはカードケースから1枚の蒼く輝く羽が納められた小さなプラケースを取り出した。
あの頃の思い出に、確かにそんな事があった。
人の痛みが直に解る・・・・
それは、人に寄り添うことで……その痛みを少しだけ緩和出来ると教えてもらったから。
幼い頃にお世話になった看護婦さんに、そんな話を聞いて、そうなりたいと願っていたから身に付いていたものだ。
・・・だけど、人を疑う事を覚えた今の僕には
そんな都合の良い能力は、無い。
もし、仮にそんな力があったのなら・・・
それを奪ったのは貴方だよ、明美さん。
