ぼんやりお姉さんと狼少年
第23章 秘湯での秘話
「猟銃を携えた男たちを襲ったそのやり口は残虐なものでな。 喉をひと噛み、そんなものではなかった。 既に致命傷を与えているというのに、あれの血に飢えた獣そのものの形相は常識を逸していた。 そしてその直後、あの子は私たちに向かって牙を向いてきたのだよ」
そんな血なまぐささとは無縁とも思えるこの地で、当時のその光景を思い出すと寒気がした。
「……お母様や皆さんはその時よくご無事で」
狼の雪牙くんでさえ、彼には全く敵わなかったのに。
「成長したといっても当時まだ奴は子供だったからなあ。 私だってなまじこんな所に何十年も居て腕に覚えが無いわけじゃない。 とにかく、それから人に戻り、目が覚めた琥牙は何も覚えていなかった」
ただ感じたのは、馬鹿馬鹿しい話かもしれないが。 そう言って元々低めの声の、トーンを更に落とす。
「あれは……『あの狼』は私の息子ではない。 私は、そう感じたのだよ」
そんなわけでお前の察しの通り、人知れず後始末をした後に、私はあれの病を長引かせる事で、月が満ちるタイミングとずらしていた。
そうすると、琥牙は変わらずそのままにあの姿が保てたからな。
「出来損ないの跡取りとして、何も知らない者はあれに対する陰口もあった。 母親としては酷い話だが、ここを守るためだったからなあ。 お前が無事でよかった」
そんな私への労りの言葉のあと、ふいと目線を元の里の方向へと向ける。
「……そろそろ上がろうか。 もう食事の支度も出来ておろう」