ぼんやりお姉さんと狼少年
第30章 始祖の子との対峙 後編*
頭に響いてくる、どこか自嘲気味に吐かれる牙汪の言葉。
『お前もそうなんだろ。 よし乃と同じで、獣なんか本当は嫌だったんだろ? お前は親父が死んでから、獣体になったオレの事を見ようともしなかった』
それに呼応するように男の子の声が重なる。
「だったらおれは誰も好きにならなくっていいよ。 じゃなきゃ、オオカミになんかなりたくない」
そう言ってアーモンド色の瞳を眼前の風景に投げる。
「琥牙………?」
『例えば自身の獣体を否定するような心には隙が生まれるであろう』
以前にそんな事を言っていた供牙様が頭に浮かんだ。
「い、いまさら……?」
あれが琥牙で彼の本意だとすると、それが率直な感想だった。
自身の獣化から、すっかりと私の前から姿を消したがった彼。
まるで私を避けるように言葉少なになって。
「今更、そんな事」
そう言って、自分の口に手を当てた。
私からすると『そんな事』。
だけど彼らにとってはそれはもう半分の自分。
雪牙くんみたいに、生まれながら人狼の血がすべての彼らとは違う。
琥牙が人で生まれて、そのまま人でいたかったのだとしたら。
人を好きになって、けれど相手とは違う事実に向き合えなかったら。
かといって私や朱璃様、伯斗さんや雪牙くんらとも異なるという寂しさを抱えていたのだとしたら。
共感出来る思いが牙汪としか重ならなかったのなら?
……だけどやっぱり、今更だと思うのだ。
「どんな姿の琥牙でも、私は好きだよ」
そう口について出た。
彼と間違って狼の時の供牙様に、以前にも言ったことがある。
あれがもし、彼自身だったのなら、今こんなことになっていなかった?
『まだ好きって、何言ってんだ? 他の男とこんな事して戻れる訳ないだろ?』
そんな牙汪の声が聞こえる。