ぼんやりお姉さんと狼少年
第35章 確かにある意味アイドル
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そんな訳で外に出た、今私たちが居るのはマンションに併設されている裏庭の一角だ。
今宵は下弦にほんの少しだけ削られた満月が晴れた空にぽかりと浮かんでる。
「真弥。 なんでわざわざついてきたの。 風邪ひくよ」
何でと言われても。
「どっちか怪我したら困るでしょ」
至極普通に返した言葉に琥牙が表情を緩める。
本当は心配半分、好奇心半分。
オリンピックも琥牙にかまけてる間に終わったし、最近こういうの観てないもん。
今向かい合っている彼ら。
けれど二人の間には、雪牙くんの時みたいに、以前のカラオケボックスで感じたような緊張感がまるで無い。
それは目的が違うからだと思う。
なんの合図もなく、二ノ宮くんが琥牙に仕掛けた。
速い。
マンションから漏れる明かりの中で、目で追うのがやっとな位に速い。
『人』の動き。
的確に人間の急所を狙う、合理的な攻撃。
正拳を元にした右のストレートを打ち、直後に左から膝を曲げながら回転をつける脛での蹴り技。
これは私も浩二の試合で見慣れている、人間の格闘だ。
よくもこんな短期間で、とも思う。
それに段々と彼自身の身体能力が加わって、浩二を上回る速度の打撃の連続。
久しぶりに観ると圧倒される。
軽く牽制した拳で相手を怯ませてから、膝を曲げて落とした腰で本命の重い一撃。
ビュ、ビュッ! ヒュビュ!
しんとした辺りを空気を切り裂く音の、その全てを琥牙がかわす。
いちいち当たってないかと心配するほどの、僅かな体の移動で。