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ぼんやりお姉さんと狼少年

第38章 不倫、バトル、なんで恋? 前編



「いくらこっちに溶け込もうとしてもムリだなって、オレ、昔は随分悩んだんだよね。 これでも」

「そうなの……そんな風には見えなかったよ。 いつも二ノ宮くん明るいから」

「今はもう吹っ切れたからさ」


そうはいってもそこにはきっと、私には考えが及ばないほどの苦労があったのだと思う。
導いてくれる人もいなくって、そんな中でこの人は、自らの立ち位置を築いてきた。

二ノ宮くんという人は本当の意味で誇れるものがあるからこそ、きっと色んなものに従属しても挫けないのだろう。


「そっか……大変だよね。 でも琥牙も時々悩んでるよ」


目尻に溜まりかけた水粒を誤魔化したくて他の話を振ってみると、いつも通りの、いかにも屈託のない様子で彼が言う。


「いやあの人、現実的な面ではあんま狼っぽくないよ。 しかもこっちに来て、まだ一年やそこらでしょ。 で、ちゃんといい伴侶見付けてさ。 自分のために一生懸命なってくれる女って、まだ出会ったことねえわオレ」

「そんなことないと思うよ。 二ノ宮くんが気付いてないだけかもよ?」


実際二ノ宮くんはモテるし。 本心で言ったのだけど、彼は腑に落ちないような表情をした。

ふと気付くと廊下からのわずかな光が漏れてくる以外は光源がなくなり、外ももう真っ暗になりかけていた。
そんなブラインドの向こうに視線を移し、陽が落ちるのが早くなったなあなんて思う。


「だから琥牙に構うの? そういう色んな理由を含めて」

「昨晩のこと? あー…まあ、良くないんだけどね。 いちおそれなりの覚悟はしてったつもりだよ。 いざ対峙したら、向こうに全く殺気無くって逆に笑えたけど」


普通なら、彼らの世界では殺されたって文句は言えない。 琥牙はそう言っていた。



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