ぼんやりお姉さんと狼少年
第43章 私たちの牙 後編
「──────止めろっ!」
知ってる声が耳に届き、それでやっと、私の体から力が抜けた。
「うわあ……修羅場、だね」
「雪牙様、琥牙様!」
怯んでいる様子の後方の狼を掻き分け、真っ直ぐにこちらに駆けて来たのは雪牙くんだった。
「ごめんね。 遅くなって」
「お前、兄ちゃんの伴侶に何した!?」
雪牙くんが私の前の卓さんに食ってかかり、誰ともなく周りを見渡す琥牙が謝罪する。
それから私と目が合って、一歩、二歩と進むにつれ、私をじっと見る琥牙から表情が消えていく。
「もう遅い……お前ら、ちゃんと女を見張ってろよ」
歩みを止めない琥牙にまるでその声は聞こえてないようだった。
「今更来て何になる? そっから一歩でも動いてみろ。 女の指を、一本ずつそっちにくれてやる」
「お前……っ」
「弟の実力は知ってる。 以前の俺で歯が立たなかっただろう? 加減をしてやった恩を忘れたのか」
そんなものは気にも止めないという様子の雪牙くんを、すぐ後ろに並んだ琥牙が引き留めた。
「雪牙。 動くな」
「兄ちゃん!」
「いいから」
その隙に二ノ宮くんの元へ這っていき、肩に手をかけると、薄目を開けて私の名前を小さく呼んだ彼に安堵した。
「人の姿か。 フフ……こっちの方が面白そうかな? そのキレイな顔を滅茶苦茶にするには!」
視線を彼らの方へ戻すと、拳で殴られた様子の琥牙が体勢を崩し、右足で踏みとどまっていた。
そして同じところに再び打撃を受けて、その後ろに控えていた浩二が彼を支える。
「…………って」
「大丈夫か」
袖で顔を拭い、そこについた血を眺めながら琥牙がぼんやりと口を開いた。
「そういや。 初めてだおれ、まともに男に殴られたの」
「珍しいヤツだな。 こんな物騒なとこにいて」
「だって相手にならないからね」
「ハハッ! それほどに、俺が!! 強いということだ」
暴力で高揚する、卓さんはそのタイプなんだろう。
ここで一番力があると言われる無抵抗の琥牙に向かって、真上から肘を振り下ろした瞬間の卓さんの昂った表情は、恐ろしく醜悪だった。