ぼんやりお姉さんと狼少年
第43章 私たちの牙 後編
「琥牙様!!」
前頭部を打たれ、膝をついた琥牙に駆け寄ろうとした伯斗さんを彼が手のひらで制する。
傾きかけた上半身を踏ん張り、ぶんっと頭を大きく振った琥牙から赤い水粒が飛び散る。
その後こめかみにつつ、と新しい血液が垂れた。
「琥牙、おい。 無理は」
「見た目だけだよ。 おれ結構石頭だし」
ダラダラ流れ続けるそれと反して、なんの動揺も無い彼の表情だった。
「真弥、保くん。 こんなもので許してくれる? 痛かったでしょ」
琥牙の反応に気圧されつつも、頭の上から肘鉄食らわされる。 多分それよりは痛くない、と少なくとも私はそう思った。
「全然」
それにつられるように二ノ宮くんも答えた。
「大丈夫……です」
「そう。 ありがとう」
にこりと琥牙が微笑みかけて、そのすぐあと、パンッ!!
そんな、なにかが破裂したような音が聞こえた。
「……ぐっ…う!!??」
ゆっくりと片脚を引く琥牙に引き寄せられるように、卓さんが大柄な体を折る。
多分腹部を蹴ったのだと思うけど………見えなかった。
鳩尾? などと浩二が言うと多分単に腹だよ。 と雪牙くんが説明した。
「だって兄ちゃん。 カンタンに壊れるとつまんないもんな?」
あの角度なら、水平に蹴ったとすると相手には大してダメージは無いはず。
卓さんの体ならまず間違いなく腹筋バキバキだろうし。
それでも硬く腹部に腕を回し、見開かれた彼の目は、その衝撃に耐えているようだった。
「お前……っぐッ! こんな…ことをして……おい、お前ら!! 女の腕を……喰いちぎってやれ!! 思い知らせてやる!!」
荒い呼吸の間にそう言い放ち、浩二が顔色を変えて私の方へ走り寄ろうとした。
………が、重なるような琥牙、雪牙くん、伯斗さんの呆れたような声に踏みとどまった。
「困ったね……そんな海綿体で出来た脳みそ要らないよね」
「アホだこいつ」
「馬鹿ですね」
「琥牙下品だぞ」
「ごめん。真弥の影響で」
周りはしんとして何も起こらない。
どうでもいいけど、下品発祥は私なの?