テキストサイズ

冬のニオイ

第16章 sugar and salt

【翔side】

「難しいな……」

タツオミ君が言うには、物凄く複雑なシステムで人間は生きてるらしくて。
今の俺には理解出来ないこととか、知る必要が無いことが沢山あるらしい。

彼が俺を助けようとしていろいろと教えてくれてるのは分かるんだけど、彼の話は日本語としては理解できても、何を言われてるのかその内容がわからないことの方が多かった。

「こうすれば良かったのに、って思ってることはない?」

こうすれば良かった……?

「ある」

あの店を出た後、引き返せば良かったんだ。

でなかったら。
真実が分かった時に、どんなことをしてでもあの人を探すべきだった。
実家に行ってみるとか、あの頃付き合いのあった連中に、もっと執拗に訊いて。

頭がおかしいと思われても、どんな理由をつけてでも、しつこく粘れば良かった。
きっともう俺には会いたくなくて去って行ったんだな、って思ったから出来なかったんだ。

勇気が無かった。
完全に終わってしまうのが怖くて。
俺はあの人のもので、あの人は俺のものだったのに。
過去のことにしたのは、結局俺だ。

そうして女々しくグズグズしているうちに、10年も経ってしまった。



「ねぇ、お兄さんの大切な人に会ってみてどうだった?
憎まれてる、って感じた?」

俺は智君に会った時のことを思い出しながら、俯いたままで首を振る。
憎まれてる感じはしなかった。
俺に釣り合うように、頑張って資格を取ったって言ってた。

でも、あれは小さな子供にきかせた思い出話。
俺のままだったら智君はどんな顔で俺を見たんだろう。
わからない。

わからないよ……。

「お兄さん」

子供の俺を膝に乗せてくれた、あの温もりは、今、誰のものなんだろう。

一緒にいたマツモトさんという人は、智君のことを大事に想ってるように見えた。
智君も、ジュン、って、優しい声で呼んでて……。

踊ってる姿も見られたし、笑顔も見られたし……。

智君が幸せなら……俺が今更出ていっても……。

「お兄さん、集中して!
願いを放棄したらダメだよ。
自分がどうしたいか探し当てるんだ」

願い。

やり直すなんて贅沢なことは望まない。
ただ智君に、もう一度だけ呼んで欲しいなと思う。
懐かしいあの声で。

それさえ叶ったらもう……。


ストーリーメニュー

TOPTOPへ