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冬のニオイ

第20章 誰も知らない

【翔side】

あの時、こうすれば良かった?

何だろう、とタツオミ君の言葉を反芻する。

天井の蛍光灯が立てる音がやけにハッキリ聞こえるのに比例して、目の焦点が合わなくなり、記憶に残る古い景色を探るようにぼんやりしていく。

「あの時……智君と、別れなければ良かったんだ……」

「うん」

「置き去りにしたりしないで、迎えに行けば良かった」

「うん」

「もう、遅い……」

「遅くないよっ」

タツオミ君が大きくハッキリと言う。

「お兄さん、頑張ろう。
大丈夫、まだ間に合うから、諦めないで。
ここでお兄さんが自分の体に戻れなかったら、いずれ肉体は活動を停止してしまう。
収まる肉体がない、っていうのは、とても無防備で危ないんだよ。
こっちのことは僕がなんとかやってみるから、お兄さんは自分の意志をしっかり持って、やるべきことを忘れないで。
起きたらどうするの?
言ってみて?」

タツオミ君の声に励まされて、頭が段々クリアになってきた。

俺と智君が別れたきっかけになった場所。
あそこから、もう一度やり直す。

「智君と最後に会った場所に、もう一回二人で行ってみる」

「うん、そうだね」

「もう一回、あそこで、智君に会う」

「うん、頑張って。
何かあったらキタムラさんを味方につけるといいよ。
あの人はお兄さんを助けてくれる」

ずっと心配そうな顔をしていたタツオミ君がようやく笑う。
つられて俺もちょっと笑った。

目の前の霧が薄くなってきてる。

俺はコンクリートの床を踏みしめるようにしてベンチから立ち上がり、再びホームに出た。
見上げた空の上の方で、太陽らしき丸い形が、小さく光っていた。


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