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冬のニオイ

第23章 サーカス

【智side】

今週に入ってから、潤がメインで担当している分譲の現場で立て続けに売約が出た。
その為にオイラもにわかに仕事が忙しくなった。

建売分譲の物件とは言っても完成させてから売りに出すわけではない。
一生に一度の買い物だし、出来上がってしまえば簡単に直せるものでもないから、カスタマイズのご希望を先に伺って納得いただいてから図面を出す。

そうして成約になる。

基本の図面はデータも出来ているし青焼きするだけの状態には仕上げてあるんだけど、今回はオプションで間取りの変更や電設の変更などが発生するケースが多くて。
第一次販売の8棟のうち4棟が次々に決まって、その全てに細かな修正やインテリアコーディネートもひっくるめてのプレゼンも発生した。

もう、とてもじゃないが、のんきに中抜けしている場合ではなくなってしまった。

ウチは小さな事務所だし、一級建築士はオイラと社長の二人しかいない。
プレゼン用のボード(カーテンや壁紙の見本、照明器具の写真なんかが貼ってあるヤツ)は事務のコが手伝ってくれるけど、社長は基本、図面を描かないから、オイラが修正も全部やる。

お客様との打ち合わせに同席を求められて現場に行ったりもしてたし、翔くんのお見舞いにはなかなか行けず。
バタバタしているうちに気がつけばもう週末だった。



「大野さん、NO.8ってリビングは腰板と漆喰壁ですよね?
現物の見本がないんですけど、どうしますか?」

オイラに付き合って残業してくれてた事務のミレーちゃんから声がかかる。

「あ~、それ、漆喰の色が特注だからね……。
いいや、俺、土日も現場に行くからその時にもらってくるよ」

「え、休日出勤ですか? 土日両方?
病み上がりなんですから、無理しない方が良いですよ」

言いながらコーヒーを持って来てくれる。
小さなトレーには小皿も乗ってて、トリュフ型のチョコレートが置いてあった。

「ん、ありがとう。
風邪はもう大丈夫だよ。
ミレーちゃんも、週末なのにごめんね。
もう上がって?」

「よろしいですか?」

「遅くまでごめんね、助かったよ。
って、うわ、こんな時間?
ああ、ごめんね。お腹空いたよね?」

時計を見ると、もう20時近い。
若いお嬢さんをこんな時間まで付き合わせてしまって、もっと早く気づいてやれば良かった、と申し訳なかった。

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