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冬のニオイ

第23章 サーカス

【智side】

ミレーちゃんを先に帰して、オイラ一人で作業を続ける。
週明けに許可申請を出す、って話で、月曜日の朝一番に潤の所の担当者が4棟分の図面を取りに来ることになっていた。

「残り1棟分、か」

なんとかキリの良いところまで青焼きして、残りは明日にしてもいいかな、と思いながら、丸いチョコを口に入れた。

ゴディバなんて、大工をしていた頃には名前も知らなかった。
今じゃ、メーカーさんからの差し入れがあるから、お茶請けに平気で食べてる。

オイラは元々、高級品の味も知らないし、チロルチョコでもウマいと思う人間なんだけど。
建築士の資格を取れてなかったら今の自分はなかったし、それを言ったら、元々は翔くんがオイラに勉強を教えてくれたから今のオイラがある。

翔くんと離れてからのこと、どうやって過ごしてきたか、話したいことが沢山あった。
翔くんはあれからどんな風に生きてきたんだろう。
聴きたいこともいっぱいある。



病室でベッドに横たわる翔くんの姿を見たとき、ただただ涙が零れた。
会えたのが嬉しいのと、痛々しい姿がかわいそうなのと。
他にも、言葉に出来ない感情がいっぱいになって。

この10年、つとめて思い出さないように、忘れてしまおうとしてたから、記憶に残る翔くんの面影は既におぼろげだったのに。
本人を目の前にしたら、いろんなことが一斉に蘇って来て。

オイラは自分で思うよりもずっと、翔くんに会いたかったんだ。
自分で思うよりもずっと忘れてなかった。
今でも、心の底から愛してた。

翔くんからの手紙を読んで、もう全部、過去のことはいい、って。
苦しかったことも、悲しかったことも、全部、もういい。
翔くんがまた、オイラを見つけてくれたんだから。
やっと、オイラのところに戻って来てくれた、と思った。

だけど。
姿を見ただけでは会えたわけじゃない。

声を聞きたい。
あの優しい笑顔が見たい。
また、オイラに触れて欲しい。

抱きしめてあげたいのに。

そう想うだけでまた泣けてきそうで……。

刷り上がった図面をすぐに綴じ込めるように折りながら、明日こそは病院へ行ってみようと考えていた時に来客があった。


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