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冬のニオイ

第24章 むかえに行くよ

【翔side】

気がついたら動いてる車の中だった。
焦って外の景色を確認する俺に、隣に居たキタムラさんが、今から智くんと待ち合わせの店に行くのだと教えてくれる。
その時の俺がどんなに安堵したことか。
僥倖だと思った。

きっと、もう、これが最後のチャンスだ。
一緒に居る間、智君の名前をなるべく沢山呼ぼうと思う。



店に到着すると、昔よく使っていた席に智君が座っているのが見えた。
俺があげたコートを着てる。
外からガラス越しに俯く顔をしばらく眺めてたら、フッと気がついてこっちを見た。

俺を認めて、ふにゃっ、って笑う姿が、あまりにも懐かしくて泣きたくなる。
俺は自分を指差してから次に智君を指差し、左手の甲を右手でゆっくり、丸く擦って見せた。

「さとしくんっ」

「大野さん、お待たせして申し訳ございません」

キタムラさんが店の中まで一緒に入って、俺のことを頼む、と頭を下げてくれる。
何か少しでも様子がおかしかったり困ったことがあったら、すぐに電話して欲しいと言って、一人で先に出て行った。
言外に、俺が俺でなくなることがあったら、というニュアンスが隠れていたことに、智君は気がついただろうか。

「さとしくん、来てくれてありがとう」

「翔くん」

智君は俺を「翔」と呼んだ。
不思議に思って見つめると微笑みながら言う。

「あのね、今日はオイラお願いがあるんだ。
タツオミのことをオイラの大切な人の名前で呼ばせて欲しいの」

「……なんで?」

「タツオミと一緒に居るとね、翔くんのことをすごく思い出すんだ。
翔くん、って、タツオミと一緒に事故に遭った人なんだけど。
オイラの……オイラの大好きな人だから」

「さとしくん、その人のこと、キライなんじゃないの?」

怖くて下を向いた俺に、優しい口調で答えた。

「嫌いじゃないよ。今でも大好きだよ」

「…………」

声の調子におかしなところはないけれど、智君の顔が見られない。

「だから今日は、翔くんって、呼んでもいい?
ごっこ遊びでいいから、翔くんの役をしてくれる?」

「……いいよ」

恐る恐る顔を上げると、智君は目に涙をいっぱい浮かべて柔らかく笑ってる。

これが最後になるかもしれない、と自分に言い聞かせながらも、俺は正直、何から話せばいいのか迷ってた。
智君からリードしてくれたのに内心ホッとして頷いた。


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