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冬のニオイ

第24章 むかえに行くよ

【智side】

「はい、僕はそう思っています」

頭がおかしいと思われても構わない。
オイラはそう確信してる。

『……大野さん。
先日当家へお越しくださった際に、ぼっちゃんがあなた様に見せた手話を憶えていらっしゃいますか』

「え? ああ、なんとなくは」

『あれは……』

キタムラさんは言いかけてから、やはり自分から言う事ではないから、と打ち消して電話が終わった。



落ち着かないから早めに家を出て先に店へ入る。
昔からあるカフェはアーリーアメリカン調の内装で、板壁や床の木材が良い感じに黒ずんでいた。

カフェ、というか、喫茶店?
ナポリタンとかミックスサンドとかの懐かしいメニューがまだ残ってる。

昔、二人で来てた頃、いつも座っていた窓際の席が空いてて、オイラは感慨深くそこに座った。
ここに来るのも10年ぶりだ。
窓から眺める外の景色も変わってる。

当時オイラがバイトしてた100円均一のショップが近くて、オイラが遅番だと、翔くんはいつも閉店時間までこの店で待っててくれた。

頬杖をついて外を眺めてる翔くんが、歩道を小走りに店に向かうオイラに気がつくと嬉しそうな笑顔になって。
手を振って『急がなくていいよ』って口が動くんだ。

『ごめん、待った?』

『お疲れ、待ってないよ』

当時の会話まで思い浮かんで胸が苦しくなる。
あまりにも普通で何気なかった、愛おしいやり取り。

あの頃のオイラ達には、相手を好きだ、っていう気持ちしかなかった。
多分もしかしたら、それがいけなかったのかもしれない。
もう40近いオイラはそう考える。

これが男女のことだったら女性には出産の適齢期と言われるものがあるし、自然に結婚の話が出て身を固める流れになって行ったんだろう。

でもオイラ達は、二人で一緒に居られる以上のことを望んでなかった。
ずっと一緒にいよう、って何度も言いながら、先のことについて具体的な約束を交わしたこともない。

無欲で純粋で、考えなしの二人。
だから簡単に壊れたのかもしれない。
相手を一生のパートナーとして共に生きる覚悟みたいなものがなかった。
普通のカップルなら結婚を考える時に決める筈の覚悟を、きっとオイラ達は持ってなかったんだなぁ、と思う。

10年も無駄にしたんだ。
オイラは、もう動じないよ。
この先何があっても、君とずっと一緒に居る。


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