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冬のニオイ

第26章 素晴らしき世界

【翔side】

小さな田舎の駅で、単線のホームに立っていた。
荷物はないけど、自分は今から旅行に行くんだ、と俺は思う。
だって、気持ちが物凄くワクワクしてる。

いつも一人で旅をする時は、前もっていろいろと予定を決めるのが常だった。
今回、どこに行って何をするのか俺は全く決めていない。
長い休みが始まる前の日みたいな解放感があって、さあ、今から何をしようか、って。
そんな多幸感が胸一杯にある。

やるべきことは全て終えた。
もう、スケジュールからは自由なんだ、って。
しんどかったお勤めが終わって、俺はやっと解放されたんだ。

ああ、終わった、って。
とにかく清々しい心地がした。

ここがどこなのかは分からないし、今からどこに行くのかも知らない。
多分夢を見てるんだろうな、と自分でも思うんだけど。

天気が良くて。
空の蒼に白い雲が良く映えて。
いい夢だなぁ、と思う。
旅立ちにはもってこいだ。

向い側に見える格子になった緑フェンスの下に、誰かが植えたのか水仙が列になって並んでて。
細い茎の上にぽってりと乗った黄色い花が、風に揺れてる。
眺めていると、ホームに列車が滑り込んで来た。

「お兄さん、行くんだね。
もう思い残すことはなくなった?」

声に振り返れば青年が俺を見て微笑んでいた。
名前は何といったか、もう思い出せないけど。
彼が一生懸命俺を助けてくれたことは知っていた。

「うん、ありがとう。
君のお陰で先に進めることになったよ」

スピードを落としてゆっくり入って来た列車が止まり、丁度目の前に来たドアが開く。

「行先を間違えないでね」

行先? それなら大丈夫。

俺は根拠なくそう思う。
この列車にさえ乗れば、あとはしかるべき場所へ自動的に運ばれる筈だ。

「とても気分よく旅立てるよ。
君のお陰だ。
本当にありがとう」

「お兄さん、僕こそありがとう。
ここから先は僕は何もしてやれないから、お兄さんの行きたい方へ進んでね。
心の声に従って……。
あなたの願いが叶いますように」

まるで天使みたいに穏やかに微笑む彼。
笑い返して、俺は列車に乗った。



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