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冬のニオイ

第27章 Asterisk

【智side】

タツオミの翔くんは、あれから現れなかった。

潤にも、あれから会ってない。
現場事務所へ行った時に違う営業さんが入ってて。
潤のことを訊いてみたら、顔に怪我をして、それが酷いから現場事務所への出入りを止められた、ってことだった。

代わりに入ってる営業さんが、アイツ顔が売りなのに怪我なんかして、ってふざけて言うのを聞いて、オイラは言葉もなかった。

どうしようもない罪悪感を抱えながら、どうしたって翔くんのことばかりが気にかかって。

潤に言われた、自分がこの10年沢山の男としてきたこととか、無かったことには出来ないってわかってるし。
オイラを探して見つけてくれた翔くんに胸を張って会えるかと考えたら、情けなくて逃げたいような気持にもなるけど。
今はとにかく、一番大切な人のことだけに集中しようと思った。

ぐずぐず悩んで自分を否定して、被害者ぶるのはもうやめたんだ。



社長に有給休暇をお願いして、キタムラさんにも俺一人で病室に入れるように手配を頼み、あっちにもこっちにも無理を通して翔くんのところへやってきた。

1月24日深夜。

面会時間をとっくに過ぎてから泥棒みたいに忍び込んだ病室には、カーテンの隙間から月明かりが細く差し込んでいる。

前回来た時よりも千羽鶴が増えていて。
翔くんの枕元には生徒さんからのものらしい寄せ書きと、ご家族が置いたのだろうか、ぬいぐるみが置かれてた。

「ふふっ、かわい……」

ラブラドールかな?
ゴールデンレトリバー?

ライトは点けずに犬に見えるぬいぐるみを手に取った。
思ったよりも固い感触で重さがある。
それを握ったまま翔くんの頭を撫でた。

すっかり大人になった、オイラの大好きな顔。
髪に触れて、額に触れて。
頬に触れて。

目覚めて欲しいと思っているのに、翔くんの顔があんまり綺麗だから、眠りを邪魔したらいけないような気もして。

「翔くん、来たよ……」

ビックリさせないように、そっと声を掛ける。

どうしても。

どうしても涙が零れる。

「翔くん、もうすぐ、しょおくんが生まれた時間……。
オイラ一番におめ、おめでとうって」

泣くな。
翔くんが起きた時に心配するから。

笑ってよう。

笑っていよう。

小さなタツオミの翔くんがオイラにしてくれたみたいに、精一杯の笑顔を見せるんだ。


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