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冬のニオイ

第27章 Asterisk

【智side】

ベッドの脇にあった折り畳みのパイプ椅子を引き寄せて腰掛けようとしたら、手に持ったままだった犬のぬいぐるみが指からこぼれるように布団の上に落ちる。

突然、ノイズ交じりの音声が流れた。



『I love you, baby
And if it’s quite all right』



これ、知ってる。
君の瞳に恋してる、って歌。

「翔くんの声だ……」

聴こえてきたのは懐かし過ぎる声で、中途半端に歌が途中で途切れてた。

知ってるよ。

これ、知ってる。

昔、一緒に踊ってた頃に翔くんがよく口ずさんでて。
何気なく歌ってる時は結構大きな声を出すくせに、オイラが歌って、ってせがむと急に照れてさ。
顔見ないでよ、って言ってオイラを背中から抱いて、原曲よりもスローなテンポで、耳元で囁くように歌ってくれた。

懐かしい歌。

懐かしい声。

懐かしい歌詞。



愛してるんだ、ベイビー。
もし出来るならさ。
君が必要なんだよ。
淋しい夜を温めるためにね。
どうか、僕の言う事を信じて、ベイビー。



「翔くん、目を覚まして……オイラ待ってるから、帰って来て……」

我慢出来なくて、布団を少しだけめくり翔くんの手に触れる。

ちゃんと温かいのに。

君はこんなにここに居るのに。

どうして目を覚まさないの?

「目を開けてよ、翔くん……」

翔くんの手の平を自分の頬に当てて話しかけながら、オイラはいつの間にか眠ってしまったらしかった。



頭に何かが触れたような気がして、ふと気がついてベッドに伏せてた上半身を起こす。
オイラの耳の辺りに乗っていた翔くんの手を取って、また自分の頬に当てた。

大丈夫、ちゃんとまだ温かい。
翔くんは生きている。

ホッとして翔くんを見ると、呼吸に合わせてかすかに上下する彼の胸の上に、ある筈がないものが浮かんでいた。


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