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冬のニオイ

第28章 Hope in the darkness

【翔side】

智君は殆ど毎日、仕事帰りに病室へ顔を出してくれてた。
いつも俺が眠るまで居てくれて、消灯時間まで二人でいろんな話をした。

謎解きの答え合わせをするみたいに、俺が小さなタツオミくんになっていた時のことや、会わなかった間にそれぞれが歩んでいた日々のことも。

自分の話をする時も、俺の話を聴いてくれる時にも、智君はいつも、恥ずかしそうに微笑んでる。

何だか俺も、一緒に居る時間を焦って過ごすのが勿体ないような気がして、俺達の離れていた時間を埋める行為は、ゆっくりと進んでいる。
多分、お互いに、会わなかった間のことを全て知りたいとは思っていないからだろう。

今、この人がここに存在していることが全てで。
それ以上に尊いことがあるだろうか、って。

お互いに相手の全てを知りたい、理解して欲しい、なんて、ムキになっていた10年前とは違う。
戻らない時間は惜しまれるけれど、そこにこだわるよりも、今、寄り添っていることの方が大切だった。

二人の間に、確実に流れる想いがあるのを知ってるから、それを感じていられれば十分だった。

手を繋いで、ゆっくりと言葉を紡ぎながら、見つめ合って、笑いかけてさ。
それがどんなに幸せなことかを、二人でじーんと感動しながら噛みしめて時を過ごした。



俺が時々、気持ちが込み上げちゃって、脈絡なく「愛してる」って言うと、智君は必ず「オイラも」って言ってくれる。

それから誰かに聞かれたんじゃないか、ってちょっと周りを気にして。
恥ずかしそうに笑って俯く。

それが、昔この人を傷つけてしまった自分の未熟さに起因するようで。
ウチのお袋と病室で会うたびに恐縮する智君を見てると、焦る気持ちが出ることもあるんだけど……。

ゆっくり進もう。
一歩ずつ確実に。

もう、俺は間違わない。
日々、そんな風に自分に言い聞かせてる。

この先の長い人生を、この人と生きるために。



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