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冬のニオイ

第29章 LIFE

【智side】

2月のある日。
翔くんの退院を明日に控え、オイラはハマダ屋敷にお邪魔していた。

小さなタツオミ君はその後元気に登校しているそうで、キタムラさんも相変わらずの慇懃さだけど、隠し切れない嬉しさが顔に出ている。

ハマダ家では翔くんのことを本当に恩人として扱ってくれて、翔くんが目覚めてからはタツオミ君もキタムラさんと一緒に何度もお見舞いに来てくれてた。

翔くんによると、入院費などの面倒をみてくれたのは勿論、多額のお見舞金を用意されたそうで。
断るのが大変で、結局、入院費用だけは甘えることにした、って言ってた。

「それにしても、櫻井さんが無事に退院されるのは本当に喜ばしいことです。
たまたまその場に居合わせたというだけなのに、当家の跡取りをお救いくださって……。
これで後遺症などが残るようでしたら、ご両親様にも大野さんにも顔向けができない所でした。
今後の通院費なども勿論当家で引き受けますので、大野さん、どうぞ櫻井さんに何かあった場合には、遠慮なく私どもにご連絡を頂きますようお願いいたします」

「はい、有難うございます。
翔くんも、落ち着いたらこちらにご挨拶に伺うと言ってました。
タツオミ君の勉強を見るのを楽しみにしてるんです」

オイラも言いながら、嬉しくて顔が笑ってしまう。

退院するとは言え、いきなりの職場復帰は翔くんの体力的にも予備校のカリキュラム的にも難しい、ってことで。
ハマダ家からのたっての願いで、新学期が始まるまで、春休みの間は翔くんがタツオミ君の勉強を見ることになっていた。

翔くんは、タツオミ君に救われたのは自分の方だから、何でも力になりたい、って。
智君とまたやり直せる機会をいただけたんだから、むしろ有り難いくらいなのに、って言ってる。

小さなタツオミ君の行く末を見守り、微力ながら応援致します、と大人の顔で受け答えする翔くんに、オイラはまた病室で惚れ直したりした。

「それで、大野さん、あの……先日お願いした件ですが、いかがでしょうか。
ご検討いただけましたか……?
間もなく当家の主も帰国いたします。
改めて主共々、正式にお願いいたしますし、勿論、失礼ながら報酬もお支払いいたしますっ」

キタムラさんがオイラに問う。

実は今日の訪問はこっちがメインで、オイラは何度も考えた末に出した結論をゆっくり言葉にした。



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