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冬のニオイ

第30章 Baby blue

【潤side】

「俺に会いに来てくれたの?」

優しい笑顔を前にして、どうか自分の顔も同じであるように、と祈る。
俺の声も、視線も、もう二度とこの人を傷つけないように。

智は、俺にされたことなんか何も無かったみたいに、本当に優しい顔で俺を見てた。

「うん。今日出発するって知らなくって。
たまたま岡田っちが電話くれたから慌てて飛んで来た。
間に合って良かったよ。
あっちはまだ寒いだろうけど、体に気をつけてね」

「うん……ありがとう。
来てくれて嬉しいよ。
笑ってる顔が見られて良かった」

俺は手に持っていた入場券を智に握らせる。
その手を見つめながら気になっていたことを口に出した。

「……櫻井さんは?」

「うん、来月には仕事に復帰する。
……俺ね、やっと気持ちが固まったんだ。
逃げないでがんばるよ。
ありがとう、潤」

「ふっ、俺は何もしてないよ」

あなたのことを傷つけただけだ。

そう続けようとしたら、智が俺の手を取って両手でギュッと握った。

「潤、こっち見て」

しっかりした口調で言うから、仕方なく顔を上げて目を合わせる。
智は泣きそうに目を潤ませて微笑んでた。

「オイラのこと、愛してくれてありがとう」

「……うん」

「いつもホントに優しくしてくれて、大事にしてもらってた。
守ってくれて、ありがとう」

ああ、こんな笑い方も出来るようになったんだね。
イイ顔してる。



あの日、もしも俺が自分の欲よりも智の笑顔を見ることの方を優先していたなら。

笑顔を守る為の行動を選んでいたなら。

……やめよう。

この人が誰のものでも、俺が傍に居られなくとも、笑っててくれる方がいい。

一緒にいて泣かれるより、遠くでもきっと幸せそうに笑ってるって想像出来る方が、ずっといい。



ホームに流れていたアナウンスが乗車を促してる。

「うん……もう乗らないと。
最後にハグしてもいい?」

「いいよ」

こだわりなく言って、智が腕を開く。
一歩近づいて抱き寄せた。

「ありがと……」

耳に囁くと、俺の腰に回した腕に一瞬力がこもる。
放せなくなる前に離れた。

あなたの笑顔、忘れないよ。
そのぐらいは許されるだろ?

「向こうの住所メールするよ。
櫻井さんとケンカしたら青森まで家出して来な」

「またね」

俺の言葉に、智は照れたように微笑んでいた。


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