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冬のニオイ

第30章 Baby blue

【潤side】

どうして智がここに?
まさか、俺の見送りか?

見間違いかもしれない、と思いながら離れていく後ろ姿を見つめる。
あの猫背の感じ。
歩き方。
仕事でよく着ているスーツの、ほっそりとしたパンツのライン。

「あっ!」

キョロキョロしながら歩いてるから、前から来た人のキャリーケースに足が引っかかって。
バランスを崩して転びそうになったのが遠目に見えた。

「ったく、あの人は」

何て危なっかしいんだ。
普段はおっとりしていても、そんなにドジじゃないだろうに。

そう思いながら、俺はもう走り出している。
よろけた拍子に何か落としたのか、智は今度は足元の辺りを探し物をするみたいに見てて。

「智っ」

また前から来た人とすれ違いざまにぶつかって、頭を下げてる。
俺が呼ぶ声はアナウンスにかき消されて届いていない。
小走りに近寄って行くと、智から少し離れた所でホームに切符が落ちているのを見つけた。
拾ってみると入場券だった。

「智っ!」

ようやく俺の声が届いたらしく後ろを振り向いた智の顔。

「潤っ!」

智は俺を見て、嬉しそうに笑ってた。
俺の一番好きな顔で。
そのまま俺のところまで走って来てくれる。

「良かったぁ〜! もう会えないかと思ったぁ〜!」

そう言って俺の顔をジッと見つめた。
表情が次第に悲し気になって来る。

「あなた、こんなとこで何やって」

言いかけた俺の顔に智が手を伸ばして、触れようとした指を止めた。

「傷は? 大丈夫なの?」

心配そうな顔で、あの日の怪我のことを言っているのだと気がついた。
あれからずっと会ってなかったから、智は治ったことも知らなかったんだろう。

「ああ! 大丈夫だよ、もうほとんど目立たないだろ?」

元々、出血の割に傷口は小さかったんだ。
最近の絆創膏は優秀で、剝がさないでずっと貼っておくとちゃんと治る。
傷よりも糊が痒かったくらいで。
今では皮膚に赤みが薄く残ってる程度だった。

「良かった……もう痛くない?」

「ふふっ」

「潤?」

痛いのは傷じゃないよ。
それも全部自業自得だから、あなたが気にすることなんて何もない。

「痛くないよ。これ、智の?」

拾った入場券を見せると、驚いた顔をする。

「あ、うん。今探してて。
潤が拾ってくれたんだ。
ありがとう」

今度は儚い感じにふわっと笑った。


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