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冬のニオイ

第5章 リフレイン

【潤side】

コーヒーメーカーで淹れたコーヒーにポーションを垂らして大野さんに差し出す。
お客さん用にはレンタル会社から買ってる普通のブレンドなんだけど、大野さんには自分用に持ち歩いてる別の豆を使った。
コッチの方が体に良いし、味も良い。
気に入ってくれるといいんだけど。

「ありがとう」

確か、砂糖なしでミルクだけ、だったよね?
年末にウチに泊ってくれた時は、ミルクだけ入れて飲んでた筈。
たかがコーヒーひとつのことなんだけど、この人の好みが知りたくて反応が気になる。

手を温めるみたいにカップを握ってて、なかなか口をつけようとしない。
猫舌なのかな、って思って、そんなことも知らない自分が情けなくなった。

でも、本気だから。
俺のことちゃんと考えて、どうか良い返事をして欲しい。
祈るような気持で見守っていた。

俺があげたダッフルコートを着たままパイプ椅子に座って、背中を丸めてカップを抱えてる姿がホントに可愛い。
これで37歳なんだもんなぁ。



この人は本当に静かな人で、一緒に居ると凄ぇ落ち着くんだ。

俺は喋るのが仕事だし、社内にいる時もチームを組めば代表者にされたりして、スポークスマン的な役割が多い。
でも、実は静かにしてる方が好きで。
というか、人の話を聴いてる方が本当は好きで。

出しゃばってるって思われたくないから、かなり努力して控えてるのに、顔が濃いせいか何かと目立ってしまう。

別に怒ってないのに、機嫌悪いの? とかイチイチ顔色を窺われたり、何か不満そうだね? とか訊かれてさ。
他人に気を遣わせてるのが時々重くて、放っておいてくれたらいいのに、ってイライラすることがある。

だけど大野さんは、俺が居ても「あ、居たの?」って感じの対応をしてくれるんだ。
それが凄く心地良い。



最初は嫌われてるのかと思ったけど、やがて、決してぞんざいに扱われてるわけじゃないことが見えて来た。

ある時、俺が打ち合わせ中に図面で指を切ってしまってさ。
平気です、って適当にハンカチで押さえて放置してたら、この人が実にさり気なく絆創膏をテーブルに置いたんだ。

席を立った時は何か資料でも取りに行ったのかな、と思ったくらいの自然な動作だった。

大丈夫? とか全然言わないのに、優しさが伝わってきて。
話の流れを折ることなく気遣ってくれて、ちょっと感動した。


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