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冬のニオイ

第7章 Cry for you

【智side】

思い出すのは誰よりも好きだった人のこと。

この人のことが世界で一番大切だ、って。
愛して。
愛されて。

良いことも悪いことも、嵐のように大きくて翻弄された。

もう十分経験したと思う。
やっと思い出さなくなってきたのに、また、愛だの恋だので苦しんで泣いたりするのは嫌だった。



日曜の午前中、道路は空いていて。
直ぐに着くと思ったのに、途中から急に渋滞し始めて、到着するまで思ったより時間がかかった。

タクシーの中で、カフェオレとカフェラテはどう違うのか、なんて松本君が話すのをぼんやり聞きながら、街の景色を見てた。

オイラはいつも反応が遅い。
この先どうしたらいいのかな、って頭の隅で思いながら窓の外を眺めてて。

そうこうするうちに、視界に沢山のパトカーが入り込んで来る。
パーティーがあったホテルの、近くのビルで事故があったらしい。

「なんだろ……事故かな?」

「迂回した方が良さそうですね
回り道になりますけどよろしいですか?」

「お願いします」

「松本君、オイラほんとに寒くないし、歩いても平気だよ。
降りた方が早いかもよ」

話している時にようやく前の車が動き出して、オイラ達は窓からその様子を見た。



大きな本屋とカフェが入ってるビルで、専門書が揃ってるからオイラも建築関係の本が欲しい時には時々行く店だった。
嵌め殺しの窓を突き破って、ビルの1階に軽自動車が突っ込んでいた。

歩道に飛び散ったガラス片と、人だかり。

「うわっ、なんだこれ」

潤が窓を開けると子供の泣き声が聞こえた。

「突っ込んでますね。酷いな……」

運転手さんが痛ましげに言った。
突っ込んだ車のフロントガラスが割れて、血の跡がついているのが、通り過ぎる時にチラッと見えた。

あまりに痛々しく生々しいその事故現場から、オイラは思わず目を逸らす。
そのまま黙って、運転手さんと潤が会話するのを何となく聞いていた。

今朝見た夢の気配をたどりながら。
今頃になって翔くんの夢を見たのが、不思議で仕方なかった。


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