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冬のニオイ

第9章 Are You Happy?

【潤side】

カウンター越しに手渡されたお銚子とお猪口を受け取って、お互いに相手の杯を満たした。
目を合わせて乾杯し、何となく笑いあう。
この、目で微笑みを交わす瞬間が好きなんだ。
この人しかいない、と毎回思う。

「いらっしゃいませ!!」

店内には活気があり、また新しい客が入って来た。
他に空いてる席は無いから俺の隣に来たんだけど、少しスペースを作ってやった方が良いかな、と思って椅子を智の方へずらす。

その時、視界に入った腕時計がかなり値の張る代物だった。
着ているスーツも恐らく吊るしじゃない。
袖口しか見えなかったけど、上質のウールで織られた、真冬にしか着られない手入れの大変な布地。
十四代を冷で注文する声は年配の方のようで、体格が良い人みたいだった。

失礼にならない程度にチラ見してから、俺は視線を愛しい人に戻す。

「じゃぁ、この間の続きね。
お題は俺から~」

「またか」

智はナメタガレイを突きながら、片頬だけ上げて仕方ないみたいに笑った。



二人きりで飲みに行くようになってから、毎回やってるゲームがあるんだ。
なんのことはない交互に相手に質問をしていくだけの、会話を楽しむためのものなんだけど。
ゲームだからルールがある。

質問したら、まず自分の答えから言う事。
パスは3回まで。
パスしたらお猪口(グラス)の酒を飲み干すこと。

コツがあって、相手を追い詰める質問は絶対にしてはいけない。
好きな食べ物とか、行ってみたい外国とか、他愛もない明るい話題が好ましい。

例えば、初恋はいくつの時か、はOKだけど、初体験はいつ? というのは無し。

大野さんはあまり自分の話をする人じゃないから、こうして少しずつ情報を得られるのが嬉しかった。

好きな飲み物はホットココア、とか。
実家でとかげを飼ってることとか。
正月はいつも家族でビンゴ大会をしてる、とか。

「今日最初の質問はね」

話し出そうとしたときに、突然店の入口辺りが騒がしくなった。

「さとしくん、どこっ?
はなせっ、はなしてっ」

甲高い子供の声が響き渡る。

「ぼっちゃん、いけません!
お願いですから車に戻りましょう」

「うるさいっ、はなせっ!
さとしくんっ!!」

制止する大人に逆らって暴れているのか、必死の声が叫んでいた。


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