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冬のニオイ

第10章 Tears

【潤side】

「智は元々男がいいわけじゃないんでしょ?
でもきっと、誰かと付き合ってたよね?」

「……むかぁし、ね。
男はその人だけ。
もう10年? そんくらい前に別れたの。
それからは、ずっと一人」

申し訳ないけど、10年間、誰とも躰を繋げて来なかったとは信じがたい。
だってあの晩のあなたは、そういう感じじゃなかった。

俺が思っていることを表情から読み取ったんだろう。
智は自嘲するように片方の口角だけ吊り上げた。

「別れた後、もう復活する望みは無いんだな、ってわかってからは、結構いろんな奴と寝たよ。
忘れたかったから。
最近はやらかしてなかったんだけどね。
あの日は……ちょっと飲み過ぎた」

笑ってるけど、俺が見たかったのはそんな笑顔じゃない。
どうしてそんな言い方をするの。

そう言いそうになって、あなたの言葉を遮ったら駄目だと思い直し黙っていた。

「で、望み通りに忘れちゃったんだよ、いろいろね。
残ったのは同性が相手でも平気なこの躰だけ。
誰かを好きになる気持ちとかさ、そういうの、もうわかんない。
ごめんね、潤。
ガッカリしたでしょ?
寝るだけだったらオイラは誰でも」

待って。
言わないで。

「智」

「ん?」

あなた、自分で気がついてないの?

「泣いてる」

「え?」

「もういい。あなた、泣いてる」

智はキョトンとして俺を見上げてから、自分の手で頬に触れた。
指先に着いた涙を見てビックリしてる。

「あ、ごめん。
断るのに泣くとか、さいてー。
ごめ……」

謝りかけて不意に横を向く。
唇を噛んで、ぽろぽろと涙を零してた。

ああ、もうっ。

俺は智の手から、まだ口をつけられていないコーヒーを取り上げると、すぐ傍にあった郵便ポストの上に置いた。

あなたが悪い。
抱きしめずにはいられないだろっ。

夜の闇に紛れて、俺より小さな細い躰を抱き寄せる。

「潤、だめ……はなして……」

「いいから」

「オイラ、そこまでズルくなりたくない……」

「いいんだっ」

俺はいいんだ。
あの晩、一時でもあなたを温められたなら、それでいい。

今、震えながら、俺を突き放すことが出来ないこの人を温められたなら、もうそれでいい。

「離してよ……」

弱々しく訴える智を抱きしめる腕に力を込めた。
月明かりに照らされて、二人の影が地面に長く伸びていた。

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