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一夜の睦言

第1章 一夜の睦言

 その時、彼が身じろぎした。

 私は驚き、けれども手をひっこめるタイミングも失い、彼に触れたままで瞠目する。

 彼が目を覚ました。
 そして、私を見るなり、優しい眼差しで口元を綻ばせた。

「おはよう」

 表情と同じ、どこまでも優しい声だった。

 私は挨拶を返せず、ただ、彼を見つめ返すのみ。

 すると、彼の手が頬を触っていた私の手をそっと握ってきた。

「どうした? もしかして、昨晩のことを憶えてないの?」

 彼の問いに対し、私は首を横に振る。

「それとも、俺と寝たことを後悔してる?」

 また、黙って首を振った。

「なら、どうして口を利いてくれないの?」

 私を気遣ってくれていることが分かるから、よけいに胸が苦しくなる。

 言ってはいけない。
 でも、言葉にしないと彼に伝わらない。

 私は小さく深呼吸をし、思いきって口を開いた。

「――あなたこそ、後悔してるんじゃないですか……?」

「何故、そう思う?」

「――だって……」

「『だって』?」

 彼が真っ直ぐな視線を私に注いでくる。

 私は耐えられなくなり、彼から目を逸らし、けれども続けた。

「私なんかを、本気で相手にするなんて……、信じられませんから……」

 そこまで言うと、私達の間に沈黙が流れた。

 怖い。
 でも、彼の反応が気になり、恐る恐る彼の顔を覗った。

 彼が、哀しげに私を見つめている。

 私はまた、目を見開いて彼を凝視した。
 どうして、そんな顔で私を見るのか分からない。

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