小さな花
第2章 Not a boyfriend
その2週間後、シンくんはお弁当を買いにやってきた。
「生姜焼き」
「あ、うん…っ」
あの夜のことが思い出され、なんだか気まずい。
「なあ、天ぷらうまい店行かね?」
一方シンくんはまったく気にも止めてない様子で、いつものように私を誘った。
「今日は…やめとこうかな」
「ふーん。あ、そ。デートか?」
すらっと長い足に、整った顔。
言いながらシンくんはどこを見るでもなしに商店街へ目をやる。
「そ…そうっ!」
「あ~そ~。んじゃ俺は、たくさんいる彼女とでも行ってきますよ」
彼はククッと可笑しそうに笑う。
そんなの嘘だと言い切れない私は下唇を噛んだ。
…
予定などない。
バイトが終わってアパートへまっすぐ帰る。
カズヤくんが誘ってくるのはだいたい火曜日とか水曜日だけど、今日は金曜日。
仕事も忙しいし、週末はお付き合いでほぼ毎週飲みに行くと言ってた。今日もきっとそうだろう。
商店街の終点、大きな交差点で信号が変わるのを待つ。
すっかり日は落ち、金曜の街へ繰り出す人々。
タクシーから降りてきた若い女性たちに異世界を感じる。
1人って、すごく気楽だけど案外寂しいんだな…。
他人事みたいにそう思い、空を仰いだ。
信号が青に変わり、前を向き直して歩き出す。
…と、反対側から歩いてくる人影に心臓が飛び跳ねた。
シンくんがとても綺麗な女の人と歩いている。
年齢は私くらいか、もう少し上か…
背が高く、髪の毛は明るく染められている。
身につけているアクセサリーやバッグは水商売を思わせた。
今、鉢合わせたら…間違いなく私は惨めになる。
こんなみすぼらしい自分、大嫌い…。
私は横断歩道の一番すみっこを、顔をふせて早足で渡った。
最後はもう、ほとんど走っていた。
シンくんが女性に向けていた笑顔は、私の見たことのないものだった。