小さな花
第1章 Moegi Station Shopping Street
翌日、もうすっかりダンボールにまとめられた荷物へしばしの別れを告げる。
私ってば、てっきり沖縄や北海道に行くんじゃないかと思ったりしていた。
それがまさかの富士山だなんて…。
リゾート気分は味わえなさそうだけれど、これも計画のルールだ。守らなきゃ。
私はすっかりこのゲームを楽しんでいた。
…
いざ到着した萌木(もえぎ)駅。
都会とは言えないが、ド田舎ってわけでもなさそう。
駅前に伸びる商店街には、年配の客が目立つ。
平日の真っ昼間なんだから当たり前か…。
それにしてもこの町は、いやにどんよりしている。
目線を上げると見える何本もの煙突。そこから吐き出され続けている白煙。
「明るい門出にしたかったのになぁ…。」
もくもく伸びる白煙はやがて雲と同化し、なんとなく不気味だった。
今頃あの人は…奥さんと子供と…―――
いらぬ妄想が広がりそうになり、すぐに振り払う。
…
商店街に入ると、パン屋さん、美容院、文具店、ネイルサロン、お肉屋さん…なんでもあった。
ここに来れば一通り揃う。それだけ分かっていれば安心な気もした。
とにかくまずは不動産屋を探す。
5分もかからず見つけたその店舗は、見るからに老舗だった。
少し緊張しながら扉をあけると、カランッ…と乾いたベルの音が響いた。
「こんにちは」
白ひげをたくわえたおじいさんが、古びた大きな革張りのソファから私を見る。
引越し先を探していると伝え、何枚かプリントアウトした物件情報を見せてくれた。
意外と、家賃高いんだ…。
「ご予算は?」
「できれば…5万円とか…」
「ああ~。それじゃ、うちは不向きかもしれんなァ。うちはね、そもそも売家が多いんだよ。賃貸もあるけど、…う~ん、5万か…。」
なるほどそういう事か。
おじさんは親身になってくれたのだけれど、手持ちに見合う物件がないのだから仕方がない。