小さな花
第5章 Kiss
帰り道、おぼつかない私の足取りをフォローするようにシンくんもゆっくり歩いた。
「ああ、楽しかった」
「地酒うまかったな」
「うん!すっごく…――」
不意に少しの沈黙。
しかし気まずいどころか、心地よくさえある。
出会ったあの日から、もう半年が経とうとしていた。
夏も終わり、秋がやってくるこのくらいの時期が私は大好きだ。
「今日ね」
「ん~?」
「あのバーで、…キスするかと思っちゃった。シンくん、ああやって女の人口説くの?ふふっ」
「なんじゃそりゃ」
アパートの階段をのぼりながら、また少し無言になった。
ドアの前に到着すると、唐突に彼が言う。
「俺とキスしたい?」
「えっ…?」
「キス…したい?したくない?どっち」
「それは…――」
「…。」
壁へと押しやられ、そっと見上げるとシンくんはいたずらに私を見つめていた。
「…し、し…たい」
「ふっ。…そうなんだ?」
シンくんは私の心境をさぐるように…からかうように笑っている。
「…あんまりいじめないでよ…」
「おい、泣くのナシな」
「泣いてな…ーーーー」
ふわりとシンくんの香りがして、次の瞬間には唇が重なっていた。
「ん…」
静かに舌が挿入され、優しく口内を撫でる。
ゆっくりと溶けていくような、やわらかなキス…
苦い煙草と甘いウイスキーの香りが混ざり、官能的に脳をかき回す。
「ん…はぁ……」
離れた唇は、惜しむようにもう一度チュッと触れてから離れていった。
ぬるりと絡み合った舌の感触が消えない…
「なんちゅー顔してんだよ、お前は」
「え…」
「そういうやらしい顔で、男を口説くのか?ふっ」
ついさっきの私の言葉を返すようにして笑ったシンくんは、いつもどおり私を家に押し込み、バッグを手渡してドアを閉めた。
何が起こったか分からないで立ちすくんでいると、しばらくしてからドアの向こうで小さく「おやすみ」という声がしたあとで、階段をおりる音が静かに響いた。