小さな花
第6章 Past story
それから何日も、なるべくシンくんと顔を合わさないように働いた。
だけど…今日は加奈子ちゃんが休みで、もしシンくんが来ても私が対応しなければならない。
絶対に来てほしくないような、やっぱり会いたいような、おかしな気持ちだ。落ち着かない。
「お前さぁ、なんだよ?」
シンくんは13時頃にやってきた。
ネクタイには私のあげたタイピンがくっついている。
「な…なにが?」
「最近ずーっと厨房じゃん。かんじわりいの」
私の思いとは裏腹に、シンくんはこれまでと全然変わらない様子だ。
なんだか拍子抜けした…。
「セツ子さんの手伝いでね。」
「にしたって、たまにはこっち出て来いよ。そんで俺の愚痴を聞け」
「なによそれぇっ」
ケラケラ笑うシンくんは今日も煙草をふかしながら商店街へ目をやっている。
「あ~。そろそろ鍋の季節だよな。もつ鍋でも行っか?」
本当に、これまでと全く同じ口調でシンくんは飲みの誘いをした。
もしかして、この間のキスのことを覚えてないのかな…。いやいや、まさかね…。
「シンくん、こないだの…」
「ん?」
「ううん、なんでもない」
シンくんは「なんだよ」と言いながら、お弁当を受け取る。
「んじゃ、明日の夜な。」
「え?」
「もつ鍋だよもつ鍋」
私の返事を待つことなく、彼はアスクへと戻っていった。
いつもと何も変わらない、ごく普通の一日だった。
あの日のキスは何かの間違いか、夢だったのかもしれない。
酔った勢いでキスの一度や二度、誰しも経験があるだろう…
自分に言い聞かせるようにしながら、タケちゃんにおすすめされた化粧水で肌をたたく。
たった一度のキスで騒ぎ立てるなんて子供っぽい。もっとスマートにいかなくちゃ。
「さぁ、寝よ…」
寝る前に携帯を見ると倉田くんから「今日は社長がご機嫌でした。仲直りしたんですね?」と、にっこり笑う絵文字がついているメッセージが届いていた。