小さな花
第7章 Eve night
しかし着いたのはSTAFF ONLYと書かれた個室で、電気もつけないままカズヤくんは私を抱きしめた。
フロアで流れる曲の重低音がここにも響いてくる。
「せいらちゃん…俺もう我慢できない」
「え…?」
服の上から胸をまさぐられる。
耳にあたるカズヤくんの息は熱くて荒かった。
「ちょっと待って、あの…っ――」
「ちゃんと付き合おう。ね?」
「か…加奈子ちゃんにも同じこと言ってるでしょ」
「本当はせいらちゃんだけが好き」
話している間にも胸を揉みしだかれ、ニットのセーターはめちゃめちゃになっていく。
「好きって…何?」
「え?」
「好きって簡単に言わないで」
ドン!と思い切りカズヤくんを引き離し、逃げ出した。
頬を這った唇の感触がなかなか消えてくれない…――。
クラブを出て数十メートル走っただろうか、こんなに走ったのは久しぶりで息が切れる。
しゃがみ込み、ハアハアと白い息をただ見ていたその時……頭上から「なにしてんのお前」と声がした。
おそるおそる見上げると、そこにはシンくん。
そしてそのすぐ後ろに由梨さんが立っている。
2人がイブの夜に一緒にいた事も、こんな姿を見られた事も、感情がなにも言葉にできず呆然と2人を見上げていた。
「酔ってんの?…ったく。ほら、立てるか?」
シンくんが慣れた手つきで私のバッグを取り上げ、腕をつかむ。
ゆっくり立ち上がると、由梨さんも「大丈夫?」と心配そうに眉を下げていた。
「せいらちゃん!」
遠くからカズヤくんが走ってくるのが分かる。
とっさにシンくんの腕からバッグをつかみ、アパートまで駆けだした。
「おい!」
「せいらちゃん!待って!」
シンくんとカズヤくんの声が響く。
振り向かず、なにも考えず、とにかく走った。
煌びやかなイルミネーションがこんなにも虚しいものだなんて知らなかったな…。