小さな花
第8章 Why do you kiss me?
「おい、起きろー」
シンくんの声で目を覚ますと、カーテンの向こうから太陽の光が照らしている。
裸であることに恥ずかしくなり、毛布にくるまって彼を見た。
すっかりシャワーを浴びてスーツを着ている姿に、「ずるっ」と言うとシンくんはケラケラと笑い、早く準備しろと言う。
「準備?」
「出かけるだろ?」
「あ…」
そういえば昨日、”明日どこか出かけよう”って言ってたっけ。
…
「着替えたいから一回俺んち寄ってから」
と言うので、私は今とあるマンションのエントランスにいる。
「なにここ…王宮かなんか?」
「ぶふっ。大げさすぎ。うちの管理物件だよ」
「へぇ…」
鍵がないと自動扉が開かないシステムや、大理石調の床に真新しいエレベーター…
私のアパートとは雲泥の差だ。
10階でエレベーターを降り、一番隅がシンくんの住居らしかった。
彼は慣れた手つきで鍵を開けると、私に先に入るよう促す。
廊下の奥に大きなワンフロアと、その脇にもう一部屋ある。
「な…なんにもないじゃん…」
「ま、寝るだけだし。とりあえずベッド座ってて」
言われるままベッドに浅く腰掛けると、窓から見える景色に目を奪われた。
「わあ…すごい」
富士山と、もくもく煙を吐く製紙工場の煙突。
この町にやってきた日の記憶がよみがえる。
シンくんの部屋にはベッドとテレビ以外ほとんどなにもなかった。
「冷蔵庫もないの?!」
「ない」
「…洗濯機は?」
「そりゃさすがにある。乾燥までしてくれるお利口なやつが」
この部屋に女の人を呼んだりもするんだろうか。
聞くのが怖くもあり、昨日そういう行為をしたから彼女ヅラしているのか?とも思われたくない。
おとなしくシンくんの着替えを待った。
「よし、行こう」