小さな花
第8章 Why do you kiss me?
結局その日、シンくんの車で横浜まで出かけた。
往復3時間以上の道のりでも会話は途切れず、かと言って手をつないだりキスすることもなく、ゆるりと時間が過ぎた。
クリスマスプレゼントとは言わなかったけれど、シンくんはピアスを買ってくれた。
私があげたタイピンについているのとよく似た、小粒の黒い石がきらりと光るピアスだ。
おそろいみたいで嬉しいけれど、やっぱり口には出来なかった。
「ありがとう…。大事にします」
「ん」
帰りの車内でお礼を言いながら、ピアスの入った箱を撫でた。
まさかこんなクリスマスになるなんて…。
萌木駅前まで帰ってくると、シンくんのマンションに車を置いて商店街へ歩く。
いつもの焼き鳥屋はサラリーマンばかりで、世間のクリスマスモードもここでは感じない。
これってすごく私たちらしくて良いな。
「正月休み、どっか行こうぜ」
「どっか?」
「かどやの初売りのこと聞いた?」
「うん、セツ子さんに」
かどやでは毎年1月1日の正午から、つきたてのお餅を売り出すのが恒例なんだそうだ。
昔は商店街の仲間たちと皆で餅つきをして食べたらしいけれど、今では餅つき機でついた餅にきな粉や海苔などで味付けして売るのだとセツ子さんは言っていた。
「2日からは休みだろ?」
「そう。2、3、4とお休み」
「んじゃ2日。今から予約できっかなあ」
「予約って?」
「泊まるとこ」
「…っ!」
「うまい地酒でも飲みに行こうぜ」
結局、シンくんがその場でさっさと宿を探して電話予約を済ませると、1泊で山梨まで行くことが決まった。
アパートまで送ってもらった別れ際、シンくんの髪が私の鼻先で揺れる。
いつもはムースでセットされている髪が、今日はさらりと軽い。
「同じシャンプーの匂いだ」
「そりゃそうだ」
笑みを浮かべ、そのまま唇が近づく。
愛でるように優しく舌が挿入され、また…私は特別なのかもしれないと錯覚しそうになる。
「どうしてキスするの?」
そう問うたら、シンくんはなんて答えるだろうか。