赫い月、蒼い夜
第2章 動き出す心
智side
和「何なんすか?鼻唄なんか…」
珍しくご機嫌な俺にカズが眉を顰める。
「い、イイだろ、別に鼻唄ぐらい?」
和「別に良いですけど…。」
ウンザリしたように眼鏡の位置を直し、手元の絵に目線を落とす。
「…どうだ?」
しばらく静止画像を見ているみたいに動かなかったが、
俺の問いかけに大きなため息をついた。
和「やっぱ…信じられないんですよねぇ…独学で絵を勉強してた、ってホントなんですか?」
「何回聞くんだよ?そう言ってんだろが?」
和「だって、しばらく海外にいたんでしょ?その時に誰かに弟子入りしてたとか…」
「そんなツテなんてあるわけ無いだろ?」
和「でも、海外にいた時は描いた絵を売って生活してたんでしょ?それなりに腕に自信があった、ってことじゃない?」
「それは…まあ…。」
そう。海外に行って何とか住むとこまでは確保できたが、言葉も通じず中々仕事が決まらずに手持ちの金は底を付きそうだった。
途方に暮れ、真っ昼間からだだっ広い公園で遊ぶ鳩を眺める日々が続いた。
だが、転機は突然訪れた。
その日はいつものように遊ぶ鳩を眺めながら、そのへんに落ちてた小さな小枝を使って地面に鳩の絵を描いていた。
「君は絵の勉強をしているのか?」
突然、頭の上に落ちて来た言葉に驚いて顔を上げると、杖を付いた老人が俺を見下ろしていた。
「違うのか?」
尚も笑顔で語りかけてくる老人をぽかんとした顔で眺めていると、老人はさらにゆっくりとした口調で話しかけてきた。
それでも俺は何と答えていいのか分からずにただ黙っているしかなかった。
それもそのはず…
「もしかして…言葉が通じてないんじゃない?」
老人の側にいた孫らしき若い女性が口添えした。
もちろん、彼らの自国語で、だ。
「あの…間違っていたらごめんなさい。あなた、日本人?」
「ま、まあ…はい。」
青い目金髪の美人の口から流れるような日本語が出てきたことには驚きはしたが、久々に聞く日本語に俺は泣きそうになった。
「突然話しかけてごめんなさい。祖父は絵が大好きで…それでいつもここで絵を描いているあなたに声をかけてしまったそうよ?」