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副業は魔法少女ッ!

第6章 幸福の血肉



「営業課の松原さん、ゆいかは知ってる?」


 聞き覚えのある人物だ。今朝ここを訪ねた社員で、ゆいかの後輩である明園に連絡先を聞きたがった男。


「彼に副業が知られたみたい」

「ああ、そうなんだ」


 ゆいかは胸を撫で下ろした。拍子抜けさえした。

 この会社は副業を禁じていない。事業を複数掛け持つ責任者も珍しくないし、それで何か問題なのか。


「松原さんも、あすこの住人だったみたい」

「え……っ」


 今度は些か驚いた。

 栗林らと同じ覚醒が、松原にも起きたことにだ。

 かつて存在した島国は、早い話が、人々の妄想から一人歩きした幻だ。椿紗や彼女の親友がかつてそこにいたのを疑っているのではないにしても、こうも前世の記憶を取り戻す人間が出てくるものか。


 明樹が話すにはこういうことだ。

 社長室に押しかけるなり、松原は彼女に椿紗と手を切るよう要求した。彼には途方もなく昔の記憶が明瞭にあって、かつて大切だったものや相手を懐かしんでいた。それらがせっかく蘇ろうとしているところを、魔法少女達は石に封じている。彼曰くルシナメローゼの住人らが激しく憎悪しているのは当然で、制裁する権利は椿紗にもないという。


「悪い話じゃないじゃない。東雲さんの話が本当なら、あの人達を石に還すのは、ルシナメローゼの復活に繋がるんでしょ」

 それでもゆいかが辞職を願い出られなかったのは、魔力と対価で、命を繋いでいるからだ。明珠から分けられた時間だけではない。魔力を持ち歩いていることで、目に見えて体力も強化された。


 魔法少女は、なずなの夢見た正義の味方などではない。ただただ生きるための生業だ。


「それでも、やるしかないしね」

「…………」

「現実世界やルシナメローゼより、私はゆいかといたいから」



 挨拶代わりに好意を口にする時と同じ調子の明珠の声が、断言した。

 見慣れたはずの綺麗な顔に、胸が迫った。

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