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副業は魔法少女ッ!

第1章 アルバイトで魔法少女になれるご時世


* * * * *

 窓口を閉めた事務所に戻ると、責任者の東雲椿紗が事務仕事で残っていた。

 なつるは彼女に一声かけると、電子ケトルに水を注いだ。紙コップを準備しながら、飲み物を訊く。


「有り難う。コーヒー頼める?」

「了解です」


 瞳孔が縮こまりそうに明るい事務所は、実際よりずっと夜遅くに感じる。閉めきった窓からは風の音も漏れてこないで、六畳ほどある空間に、ケトルの水の沸騰音と、キーボードのそれだけが響く。


「そうだ、東雲社長。一之宮さんの依頼、成功しました」


 紙コップを満たしていく水面が、晩春の寒気をやわらげていく。

 椿紗の斜め後方から腕を伸ばして、なつるは、コーヒーと白濁の石をデスクに置いた。

 長い歳月を流浪してきたらしい石は、角をなくして柔和な曲線を描いている。椿紗がそれを宝物でも扱う具合に拾い上げて、奥二重の目を細めた。


「お疲れ様。お給料、振り込んでおくわ。お礼の方も」

「有り難うございます」

「例の彼女は間に合いそう?」

「いいえ、それが……」


 なつるは一昨日の女を思い出す。

 ぞっとするほど死の匂いを漂わせながら、本人の生への執着は、健康的な人間を凌いでいた。追わなかったのは、危機迫った彼女の名前や住所が、まだぼやけた輪郭ではあるにしても、なつるには読み取れたからだ。彼女とは、おそらく長い縁になる。

 茜色の春空の下、機嫌を損ねたもの言う花についてなつるが後回しにしていた内に、別件の仕事を片付けた帰り、今日また不穏なものを抱えた別の女に出くわした。死相までは見えなかったが、二十歳に至るか至らないかほどの女は、すこぶる病的で脆弱だった。派手な色のツインテールに豪奢なロリィタ服を合わせていたが、自虐のさなかにいる人間は、見て分かる。

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