夢魔
第4章 漆黒の世界
「ミーシャ!?」
扉に何か派手にぶつかる大きな音がして、黒い影が部屋の中に飛び込んできた。
ドアには木製の簡易なかんぬきがかかっているが、それが閉まっていたのを力任せに開けた様子だった。
「悲鳴、が。 何があっ─────」
灯りを向けてミーシャに覆い被さっている父親を見た瞬間、リュカが目を見張ってたじろぐ。
暖色の光に浮かんだ顔は、酒に酔って我を忘れているといった様なダリルの表情だった。
「リュカ……?」
息子の名を呟いてそこに段々と、彼に普段の色が戻ってくる。
ダリルが目線を下ろし、すると両手で顔を覆って声も無く泣き続ける自分の娘が居た。
それから全裸の自分と、体液に光る自身の。
「………ミーシャ?」
「……父さん……いくら何でも、そりゃ…駄目だろ」
真夜中の外の風は強くガタガタと部屋や廊下の窓を揺らしていた。
時折小枝がガラスを叩き、夜が唸りをあげている様にも聞こえる。
リュカがその場に立ち尽くし怒りと悲しみをない混ぜにした目をしていた。
それでも父親はまだ現状を把握出来ない様子でリュカと自分たちの姿を交互に見ている。
「何を……どうしたんだ、リュカ? 私は……」
「ミーシャ、こっから離れるんだ」
呆然として座り込む父親を他所に、リュカは顔を覆ったままのミーシャの体の下に腕を入れた。
肌を露わにした小さな娘の姿を見、父が表情と体をびくりとこわばらせる。
「………私が」
「───ミーシャ? 大きな音がしたけど一体」
階段を登ってくる音がし、開け放された戸口からこの屋敷の夫人、ミーシャたちの母親のエイダが姿を現した。
普段は滅多に騒いだりしない大人しい性格のミーシャだっただけに、すぐにその場に家族全員が集まった。
エイダが室内を見回した。
ミーシャのベッドの上に裸で座っている自分の夫。
乱れた衣服の自分の娘は泣きじゃくり、兄のリュカに守られる様に抱き上げられている。
それらの異様な空気にあてられたのか、エイダが数歩後退り壁に背をついた。
「あな、た……これ、どういう事?」
「違う! 私には覚えがないんだ」
「…っ見てらんねえ」
二人の言い合いが始まろうとした時、リュカが舌打ちをした。
硬い表情のままミーシャを連れて部屋から大股で出て行き、その日のうちに屋敷を去った。