夢魔
第4章 漆黒の世界
「お兄ちゃんがそんな優しい訳ない! だってお兄ちゃんが、あの水晶を使って私に毎晩夢をみせたのに!!」
「…え、ちょっと」
身に覚えがない、という表情のリュカを見ていると余計にミーシャの心の内に怒りが湧いてくる。
慣れない激情を持て余し、彼女の声も体も震えが止まらなかった。
そんな風に濡れ光る鳶色の瞳をミーシャはただ目の前の兄にぶつけた。
「あんな、いやらしい……酷い!」
『毎度違う男に腰振ってんのか』
「あんな下品な事を私に言ったくせに!!」
「待てよ、ミーシャ。 それ誤解だ」
「───っまだ、そんな」
彼女が身を乗り出そうとするのを落ち着かせようとでもするように、リュカが手をミーシャの目の前で開いて制した。
単純に気遣わしげな彼の表情だった。
……そんな兄の様子に、ミーシャは怒りのやり場を失っていくのを感じた。
「忘れた? 俺はロースクール上がってからずっと寄宿舎にいるし、帰ってきたの一昨日の晩だぜ? いきなりあんなん見て……驚いたけど」
彼女が固まったままそんなことを説明する彼を見る。
『リュカは優秀だわ。 お父様と同じ学校だなんて』
お父さんの学校。
確か、全寮制の。……あれは何年前の事?
ミーシャが必死に自分の記憶の引き出しを漁った。
なのにそれは記憶が失われたみたいにぼんやりと霧に包まれるだけで、はっきりと思い出せなかった。
「大体、水晶? そんなんで夢まで見せるって。 そんな事出来んのは、うちでは……父さん位じゃないか。 俺の事もおかしいって、それも夢か?」
ミーシャは目の前の兄を見詰めた。
正直、分からなかった。
ただ今自分の目の前のリュカは、彼女が思っているリュカではない。
彼のその瞳みたいにふんわりとした空みたいな。
色が、雰囲気がまるで違う。そう感じた。
(だけど、そうしたら)
「でも、お父さん……はそういう人じゃない。そんな事はしない。 お兄ちゃんも知ってるでしょう?」
あれが何かの間違いだったのなら。 ミーシャの何かにすがる様な目だった。