夢魔
第2章 植えられた淫呪
「……オスの匂いがする」
すれ違いざまにリュカがボソリと呟いた。
ミーシャの肩がビクッと震える。
立ち止まり兄を見上げた。
「…お…兄ちゃ、な…んであんな」
「なあなあ、お前が誰とヤったか分かるか?」
冷たく蒼い瞳。
その癖に、リュカは彼女の動揺を買うまで、いつも嘗めるような声音で言葉をかける。
彼はミーシャの夢のことを知っている。
しかしまるで実際に、ミーシャが『そう』しているとでも言いたげな彼の言い草だ。
ミーシャの頬にサッと赤味が差した。
「……あ、あれは現実なんかじゃない」
「ハッ…お前はな、悪魔に見初められたんだ」
「……」
「『ヤツら』はそん時に、女の好みの外見になるそうだよ。 それで……お前の相手はいっつも同じ男?」
ミーシャは震えながら黙りこくって唇を噛んでいた。 リュカがへえ。 とでも言いたげに、薄茶色で品の良い眉を上げた。
「アハハ…ッ! 毎度違う男に腰振ってんのか。 そんなに楽しんでるんなら、せいぜい俺に感謝しろよな」
小声でくぐもったように笑い続ける彼に背を向け、ミーシャは堪らなくなって、自室に逃げ帰った。
─────毎晩毎晩、悪夢をミーシャにみせるのはリュカの仕業だ。
彼女の兄であるリュカ。 17歳ともなると、年頃の女性はみな彼を振り向いて噂する。
そして彼は礼儀正しく親切だった。
あくまでその外側は。
ミーシャにとっては、兄のリュカこそが悪魔の化身か何かにしか見えなかった。
彼女は兄に比べればパッとしない子供だったが、物事の真実を見抜く目を持っていた。
対象の人物に目を凝らすと、薄ぼんやりと本質が彼女に見えたのだ。
他人に隠れて動物を殺す。
平気で人を騙し、罪を被せる。
リュカは闇の暗さをその身にまとう人間だった。