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短編集 一区間のラブストーリー

第5章 短編その五


私が彼女にハマってしまった訳…

あれは昨年の年末のことでした。

歳末ということで
忘年会シーズン真っ只中ということもあり、

金曜の夜、終電間近の急行列車は
朝のラッシュを彷彿させるかのような混雑であった。


かくいう私も

忘年会を終え、二次会のカラオケにも無理やり参加させられて、
この深夜近くの帰宅時間となったわけだ。

酒に強い私もビールに始まり焼酎、日本酒と
イヤというほど呑まされていささか酔いが回り始めていた。


慌てて飛び乗った急行列車は運悪く
つり革にも手すりにも手が届かない場所に追いやられてしまった。

私の目の前には
年の頃30になろうかという女性が
これまた頬を染めて電車に揺られていた。

つり革を持つ彼女の左手には
リングが光っていた。

『カルチェか…』

共働きなのだろうか…

こんなに遅くなって家庭は大丈夫なのだろうか…

子供がいたとしたらまだ小さいだろうに…

きっと今夜は旦那さんが子守り当番をしているのだろうな…


私は彼女の左手のリングを見つめながら
いろんな妄想にふけていた。

そんな時…電車がガタンと大きく揺れた。

ウッカリしていた、
この路線は都心を離れると山あいを走り抜けるので
左右に何度も揺れるのだった。


「おっとっと…」

私はバランスを崩してしまい、彼女の背に体を預ける形となってしまった。

クニュッとした感触が私の右手の甲に感じられた。

彼女のヒップに
私の右手の甲がものの見事に食い込んでしまっていた。

「すいません…」

痴漢と疑われては厄介なので私は彼女に謝った。

彼女はこちらを振り向きもせず、
ただ黙ってコクリと肯いた。


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