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雨の降る夜は傍にいて…

第1章 台風の夜

 6 嵐の夜…

 雨の降る夜は傍に居て…
 
 そうわたしは、ただ誰かに傍に居て欲しいだけなのである。


「こんばんは…」
 今夜、この雨の降りしきるこんな嵐の夜に、わたしはバーを訪れた。
 バーが好きなのだ。

 この落ち着きのある暗い照明…

 静かに流れるジャズの調べ…

 漂う煙草の匂い…

 バーは過去の、わたしの恋愛の原点なのである。
 そしてこんな嵐の、傷痕が疼く夜には、わたしは決まってバーを訪れるのだ。


「いらっしゃいませ、どうぞカウンターへ」

「ドライマティーニを…」

「かしこまりました」
 カウンターのバーテンがジンとドライベルモットを丁寧にステアする。

「どうぞ…」
 ドライマティーニがミキシンググラスから、目の前のカクテルグラスに注がれていく。

「ありがとう…」
 そしてまずわたしは、カクテルグラスに添付されているピンに刺さったオリーブを口に含み、噛む。

「ほお、いきなりオリーブを囓る方は初めて見た…」
 すると、3席隣の席から声を掛けられた。

「オリーブが好きなの…」
 わたしはその声の主を見て、そう呟いたのだ。

「なるほど…」
 おそらく50代半ばであろうか、歳の割には締まった体躯の日焼けした、どちらかといえば知的な雰囲気の男性が、そうわたしに声を掛けてきたのである。

「オリーブがねぇ…」

 わたしはそんな彼の呟きにコクリと頷いた。





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