鬼の姦淫
第2章 社の守り人
「私は愛理と生きていくの。 最近、こんな時愛理ならどうするかなって、体が動く前にそう思うようになったんだよね。 私たちはやっぱりずっと一緒なんだよ」
「……人間って、図太いのな」
「なに、そ」
カシャン、と音を立てて私たちの間にあったお茶碗がひっくり返った。
「わ、若……ば…」
彼の顔が、すぐ目の前にあった。
どくん、と心臓が跳ねて体中の血が逆流しそうになった。
真っ黒で、真っ直ぐな、一片の嘘も虚飾もない。
こんな目をしてる人を、私は彼に会うまで知らなかった────
「萌子……二度とここへは戻ってくるな。 おれは自分やお前の気持ちがどこに向いてるかなんて分かってた」
彼が座っている私の向こう側の床に手をつき、片方の頬を手で挟まれて身動きが出来ない。
『何のことを言ってるの?』
そんな風に逸らすことが出来なかった。
胸が詰まって息が出来ない。
「それでも、こんな結果になっても、お前とはこれで最後だ」
若林くんの表情は私には泣いているようにみえた。
分かるのは、彼が私を突き放そうとしてるということだ。
溢れそうな感情を呑み込む。
彼の肩越しに見える半月がにじむ。
「都会でもいいし、愛理の望んでたような田舎なんかいくらでもある。 誰かいい奴を見つけて幸せになれ」
愛理が好きだ。
若林くんが好きだ。
私は大好きな二人をずっと見ていたかった。
好意を交わし合う場面じゃない。
別れを惜しむ空気はない。
将来を語る余裕もない。
夢をみたい心も許されない。
────だったら、今私はどうすればいいの?
『シイタケを…作るのは、いいかな?』
喉が詰まったみたいな私の言葉はあまり声になってなかった。
そして彼が聞きづらい私の言葉を拾う。
「駄目だ。 そうやって、お前はいっつもしんどいことをおどけて誤魔化す。 おれも愛理もホントは結構自己中な性格だって、だから惹かれてたなんて、知ってた?」
眉を寄せて苦い笑いを含んで、強くきつく押し付けられた唇の硬い感触を、私は生涯忘れることはないだろうと────そう思った。