鬼の姦淫
第2章 社の守り人
「義隆。 茶を淹れてきたが邪魔か」
ふと顔をあげると、仲正さんが丸いお盆を持って階段を登ってきたところだった。
この人にお盆は似合わないなあ、そんなことを思う。
「あ、ありがとうございます」
仲正さんからお茶の受け皿を手渡され、お礼を言った。
彼が俯いたまんまの若林くんを一瞥し、私たちの間に彼の分のお茶を置いてから、なにも言わずにまた家の方向に去っていく。
さっきの若林くんがなにを言ったのか、なにに対してお礼を言ったのかは分からない。
ただなぜだか、簡単に訊いてはいけないようなことのような気がした。
私は来月にここを離れる。
若林くんはここに残る。
それは事実で、そして愛理はもういない。
お茶碗を両手で温めるように持ちながら、私が小さな声で言った。
「若林くん、私ね。 学校の先生になろうと思う」
「……は」
「だから、無くなってないんだよ」
愛理は田舎で小学校の先生になりたいと言っていた。
ここのように温かい町に住みたいのだと。
今あるものを守りたいのだと。
大切な幼なじみの心は私の中にいまもある。
私は愛理の遺志を継ぐことに決めた。
「お前、翻訳家になりたいって言ってなかったっけ」