テキストサイズ

恋、しません?

第1章 第一話 男友達の家政婦致します

 シャワールームは、廊下の一番奥だった。
 一通り見終わった菊子は、「いやぁ、本当に立派なお宅ですね」と、横に並ぶ日向に向かって言ってみた。
 日向からは、「そうだね、あにきが建てた家だから」と、またしても棒読みの台詞が読まれるばかり。
 それでも菊子は諦めず、日向に話しかける。
「これだけのお家、お掃除するのは大変そうですね」
「そうだね。あ、念のため言っておくけど俺の部屋の掃除はいいから。家政婦さん」
「……はい」

 家政婦さん、と来たもんだ。
 まあ、実際そうなんだけれども。

 廊下を進みながら、前を行く日向の背中を眺め、菊子は、もやもやとしていた。
 菊子は思う。
 木沙日向。
 彼は一体全体どういう人間なんだろう、と。
 日向の菊子に対する態度はどうもおかしい。
 それは、彼の元々の性格故なのか、それとも、菊子が気に喰わないのか。 
 どうも、後者らしい気がして菊子はならない。
「あの、木沙さん」
 菊子が先に前を歩き始めた日向の背中に向かって言うと、日向は振り返り、立ち止まって「苗字で呼ぶな。俺の事は下の名前で呼んでくれ」と言う。
 下の名前で呼んでいいんですか? と思った菊子だったが、本人が言うものだからそれに従わざるを得ない。
「じゃあ、日向さん。あの、違ったら申し訳ありませんが私の事、ご迷惑でしたでしょうか?」
 ずばり訊いてみた菊子。
「何でそう思うんだ?」
 日向は眉をひそめている。
「何でと申されましても、あのですね。えーっと……何となく」
 まさか、あなたの態度からそう感じましたとは言えずに菊子はお茶を濁した。
 日向は、いらいらした表情を浮かべて眉間に人差し指と中指を当てた。

 やばい、怒らせたかしら。

 菊子は身構えた。
「あんたの言う通り、俺はあんたの事、迷惑に思ってるよ」
 そう静かに言う日向。
 てっきり怒鳴られると思った菊子は面喰ってしまう。
 しかし、日向は菊子の顔を、いらついた顔のままに見ている。
 不機嫌なのは間違えなかった。
 だが、だからと言ってご機嫌取りに走る菊子ではない。
「それは何故でしょう?」
 平静を装い訊ねる菊子。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ